けっこ~待ちに待っていたのデスが、ちょうど今日から公開開始で、いつもは大して混んでない田舎の映画館も、今日だけはこの作品を上映しているブースだけほぼ満席でした^^;
アンジェリーナ・ジョリー主演、クリント・イーストウッド監督。
シングルマザーの母親が、仕事にいっている間に息子が失踪。5ヵ月後に警察が探し出してきた少年は全くの別人だった・・・という話。
ちなみに実話に基づくお話デス。
事件の発生から、偽の息子の発見、真の息子の再捜索、そしてその先に待っている結末まで・・・ほとんど現実の事件の資料を基に忠実に再現されているそうデス。
舞台である1930年頃のロサンゼルスでは、市警が暴力と圧力とで市民を虐げ、多くの悲劇を生んでいた。
そんな歴史を伝えるとともに、この作品は“母親”としての女性の愛の強さに溢れていて、劇中何度も一緒に哀しみの涙を流させられマス。
そして、最後の結末を迎えた時は、希望に満ちた感動の涙も流れてきマス。
A・ジョリーは6人の子を持つ母親であり、国連の親善大使として難民の子の保護活動をしているコトはあまりにも有名。
そんなA・ジョリーが、最も忌み嫌う“子供の不幸”な話を演じるのは辛かったと思いマス。
でも、それだけに“ただただ息子を愛している母親”,“息子を捜索してくれている警察に対する謙虚な母親”,“息子でない少年を息子だと押し付け、再捜査しようとしない警察に対して、真実のための戦いを起こす母親”,“どんな状況でも息子は生きていると信じ続ける母親”,“最後まで息子を誇りに思う母親”・・・いろんな状況下での母親としての普遍の愛を表現していて、素直に感情移入が出来ました。
それにクリント・イーストウッド監督の映画は、他にも『ミスティック・リバー』を見ましたが、自然とストーリーに引き込まれてしまって、2時間があっという間に過ぎてしまうカンジです。
重苦しいテーマを扱っているのに引き込まれ、その先、結末が気になってしょうがなくなるのデス。
それくらい映画の持つフィクションとしての非現実感が薄く、より現実味を帯びた形で見るコトが出来るのだと思いマス。
それだけに、この作品の内容はすごく残酷で、あまりにも救いがありません。
でも、最後になぜか温かな感動を味わうコトも出来マス。
そこが構成のウマイところなのカモしれませんが・・・ワタシはこの結末は好かないけど、嫌いではありませんでした。
すごく哀しい話ではありマスが、完全に悲しい話のままで終わらないところがこの作品の“映画”としての魅力デス。
ぜひ、一度見てみて下さい。
しかし・・・
アンジェリーナ・ジョリー痩せすぎ・・・(〇_〇)
あれは憧れの美貌・体系を通り越して、ちょっと心配というか、気持が悪いくらいデス。。。
役作りのために更に痩せたのカナ?
昨年『ウォンテッド』を見た時はそれほど感じなかったんだからな・・・。
しかも、当時の女性の流行なのか、かなり化粧が濃いので余計に。。。
地元市民会館で“爆笑LIVEバトル’09”と題し、芸人たちが集結したわけデスが、大ホールは満員。
ワタシもこの会館に来たのは成人式以来で、おそらく他の人もこんな機会がなければ来ないんじゃないかと思うのデスが、こんなサビレた街でも芸能人さぁ、来るって聞けば、みんな集まるんだな(訛)
メンツを紹介しマスと・・・
〇どーよ
〇アントキの猪木
〇カズレーサー
〇朝倉小松崎
〇西麻布ヒルズ
〇狩野英孝
〇小島よしお
〇サンドウィッチマン
と、こんなカンジ^^
けっこ~、わらかしてもらいました(^o^)/
やっぱテレビで見るより生で見た方が芸人の焦りとかリアルに見れて面白いデスね。
芸人を生で見るのは高校の予餞会以来デス。
小島よしおやアントキの猪木を見てると、ピンでコントとかやり続けるって大変だなぁ~と改めて思いましたね^^;
アントキの猪木は客任せの部分が多かったし、小島よしおは持ちネタ全部やってたんじゃないか?と思うほど全力でやってたけど、妙な空気でしたしね。
やっぱ面白かったのはサンドウィッチマン!
それにどーよも面白かったデス!
そして、意外と面白かったのは狩野英孝^^;おそらく一番の盛り上がりをみせていたのでは・・・
某番組でドッキリで披露した歌を惜しげもなく歌ってましたし、ホントは禁の写真も気持ちよ~く陶酔して撮らせてたし。
何より、コントで協力した中学生の男の子に対し、別れ際に手にキスをしておもいっきり拒絶されてたし( ̄▽ ̄;)そりゃそ~だろ・・・
あ、ちなみに小島よしおと狩野英孝とサンドウィッチマンの伊達は、伊香保温泉に行って、水沢うどん食べたらしいデス^^¥
今日の伊達のブログには写真が掲載されるとかなんとか。
とにかく、楽しい時間を過ごさせて頂きました。しかも手近で。
(追記)
今、サンドウィッチマン伊達のブログを見たら、ホントに写真載ってました~^^
しかし、午前と午後の間に行ったんなら相当忙しかったろうに・・・
早いモノでもう2月に突入デス。
そして、あっという間に1週間が経ってしまいました(-_-)
時間の流れは早すぎマス・・・。
さて、ワタシの映画好きは皆サマご存知かと思いマスが、本日久しぶりにDVDを借りてきて見ました。
以前に職場の方に紹介してもらった映画で『フルメタルジャケット』という作品。
ベトナム戦争を舞台に、従軍した若き海兵隊員の姿を描いたもの。
主人公はいちおういるのデスが、あまり一人一人のパーソナルな部分には深入りしない構成で、訓練の様子,戦場の状況,兵士達の精神状態など、素直に現場の空気を再現したようなカンジの映画でした。
8週間の軍事訓練からベトナム戦争従軍へ、そして、最終的にベトナム人の狙撃兵と決戦をするところまでが丁寧に描かれていマス。
なんというか・・・非常に男臭い映画でした。
そして、ベトナム戦争をテーマにした映画では『ワンスアンドフォーエバー』などを見たコトがありマスが、どれも登場人物のパーソナルな部分が核となって描かれているのでフィクションとして楽しむような部分がありがちでしたが、この作品はベトナム戦争に従軍していた兵士達の精神面に重きを置いて描かれているのでまた違ったリアルさがありました。
この作品もフィクションではありマスが、おそらく作品中の兵士達のような青年は沢山いたんだろうと想像できマス。
見ていてとてもゾッとしました。
紹介してもらった作品や撮り溜めしてある作品がたくさんあるのデスが、2月は面白そうな映画が公開されそうデス。
まず『チェンジリング』。
クリント・イーストウッド監督、アンジェリーナ・ジョリー主演の実話を基にした作品。
昔の警察の捜査の雑さが浮き彫りにされているもので、行方不明になっていた息子が警察の捜査の末に見つかったら全くの別人になっていたというもの。
それから、『ディファイアンス』。
これはうちの田舎の方に来るのは先になりそうデスが・・。
ナチス政権下において迫害されたユダヤ人たちを保護したビエルスキ兄弟の話。第2のシンドラーというか、実話に基づいた作品のようデス。
ワタシは“真実の物語”とか“実話を基にした”とかってコトバに弱いんデスね^^;
今月も劇場に足を運びマス!
2月といえば、2月28日から国立西洋美術館に“ルーヴル”が来るんデスよね~♪
おそらく、いえ、確実に観に行くコトになると思いマス。
何と言ってもお目当てはフェルメールの“レースを編む女”。
たぶんこれだけで長蛇の列が出来マスね^^;
今年は芸術の2月?になりそうデス。
それから・・・。
早いモノで先日、Figureも四大陸選手権が行われました。
バンクーバーの前哨戦とか言われていましたが、結果して“これが前哨戦?”と思ってしまうような内容でした。
まずリンクがアイスホッケーのもので幅が狭いってのは頂けない。
それにキム・ヨナ選手がSPで女子史上最高得点を塗り替えましたが、ワタシ的にはあれがキム選手の最高の演技だったとは思えませんでした・・・ステップでちょっと引っかかってたし。
結果して優勝しましたが、FSも技の正確さを持ち味としてるキム選手にしてはジャンプ失敗しまくってましたね。
そして、浅田真央選手。SP・FSともガタガタでしたね。。。
おそらく世界選手権用に調整してるんでしょけど、ちょっとヒドイ。
世界選手権は全選手の全力の演技が見たいデスね・・・。
今回は豪華に回らないお寿司屋さんに行って来て、パーッと特上のお寿司を堪能してきました^^¥
話題は今度結婚する後輩さんのコトや仕事のコトなど、いろいろでしたが、非常に楽しかったデス。
また1年頑張りたいと思いマス!
鑑賞したのは邦画『誰も守ってくれない』。
佐藤浩市,志田未来主演。
ストーリーは、容疑者の妹を守る刑事のお話デス。
殺人犯の少年の家族が、突如突きつけられた少年の犯行の事実。
バラバラになっていく加害者家族。
バラバラになった後、家族一人一人に襲ってくるマスコミやネットの中傷の嵐。
誰も信じられなくなった妹は、刑事と一緒に逃げる中でずっと心を閉ざしているけど、内心はものすごいスピードでいろんなコトを考えマス。
現実にありうる話なので、率直に恐ろしいと思ったし、現代人はみんな病んでるなぁと感じました。
まだ身近にそういうコトが起こっていないので、TVで毎日のように殺人事件が報道されても、時事問題の一つとして常識的・客観的に知ろうとする程度で、実際にその報道の裏側では何が起こっているのかは考えもしてませんでした。
往々にして、視聴者は被害者と被害者家族の気持ちは必然的に理解しようとするけど、加害者側のコトはその半分も考えませんしね。
でもこの作品を見て、容疑者の犯行が明らかになっていく過程には、加害者家族の想像を絶するような苦悩が隠されているのだと、新たな一面から考え直させられました。
押し寄せてくるマスコミの波,突然離れていく親戚や友人たち・・・
「自分のせいじゃない」のに「自分の責任でもある」。
「加害者を信じたい」けど「信じられない」。
想像したくもないくらい孤独だし、苦しい葛藤だと思いました。
作品の中では“加害者の家族も同罪”と何度も言われマス。
もちろん加害者の家族も一生罪を償っていく責任があるとは思いマス。
でも、加害者の家族をただ糾弾して、人間以下の扱いをして追い詰めて、死にまで追いやって・・・そんなコトに何の意味があるんでしょうか。
しかも事件について真剣に受け止めようとする者ならまだしも、面白半分に盛り上げようとしてやってる人もいるのが信じられません。
ワタシもネットでいろんな書き込みをして日々を過ごしているわけデスが、いくら相手が顔も名前も分からない人であっても、その人を傷つけるような書き込みは絶対にしないデス。
でも、現実に掲示板などに行けば、読んでるだけで不快になるような書き込みは沢山あるし、実際、ワタシも書き込まれた内容で憂鬱になったコトもありました。
“文字”が持つ力は強いし、時としてとても怖いデス。
それが“匿名性”の中で忘れ去られているのが怖いし、平気でそういうコトをして、例え相手を死に追いやっても何の罪にも問われないし、そいつ自身も反省なんかしない。
それって、なんか人としておかしくありませんか。
“自分だと分からなければ何やっても良い”なんて、犯罪者が犯行を隠すのと一緒じゃありませんか。
実際、自分の周りに加害者家族がいたら、どうしたら良いかは正直分かりません。
でもまず間違いなく、ただ誹謗中傷したりはしないと思いマス。
それにトモダチが加害者家族になったとしても、自分から離れて行ったりはしません。
作品中、刑事は加害者の妹の気持ちを理解しようするし、妹もずっと心を閉ざしているけど、刑事が気持ちを理解しようとしてくれるコトで事件と向き合うようになり、加害者家族として今自分がしなければならないコトをしっかり考えられるようになりマス。
本来は社会が刑事のようにあるべきで、現代のようにものすごい勢いで加害者家族を糾弾したら、加害者家族は防衛本能として“自分は何も悪いことはしていないのに、なんでこんな目に合わなければならないのか”と、半ば被害者意識で物事を考えるようになってしまい、どのように責任を負っていくかという一番大事な部分がおざなりになってしまうと思いマス。
そんないろんなコトを考えさせられる作品でした。
皆サマも一度このテーマについて考えてみて下さい。
監督のこだわりとして、この作品はいろんな関係者の視点(被害者・加害者・捜査員・マスコミ・やじうま・・・)から描き、事実だけをドキュメンタリーのように伝えていマス。
なので、いろんな側から事件を考えるコトが出来ると思いマス。
裁判員制度が始まった今だからこそ、改めて見直すべき問題がいっぱいあると思いマス。