これは日記というか、何というか・・・気まぐれ記?
Category :
「劇場で映画観てきたよ~」報告
毎日、快晴・真夏日が続いてマスね。。。
先日も書き込みましたが、もはや日中の運動は危険(>_<)
なので、暑くない時間帯に動くしかないワケですが、17日に引き続き、本日も5時半起きでジョグってきました。
朝活(´ω`)
でもその方が目標10Kmも走れるし、タイムもそんなに落ちないので良いデスねぇ♪
しかし、もう7時近くになってきただけでけっこ~暑くなってきてダラダラ汗が出てくるので、もう少ししたら朝活ももっと早くしないとカモしれません(T_T)
さすがに4時起きとかでは走りたくないな…そして、仕事の日に朝活してから出勤とか、憧れるけどまず不可能だな…(-_-)
カタツムリです@@@
さて、そんなワケで今日は朝からジョグり、風呂に入ってから映画を久々に見に行ってきました。
すっかりご無沙汰。
『駆込み女と駆出し男』を見てきました。
北鎌倉にある東慶寺が舞台で、井上ひさしの“東慶寺花だより”が原作。
東慶寺が縁切寺としての歴史を持つコトは知っていたし、今は花寺として有名なので何度か行ったコトがあり、ちょっと気になっていました☆
大泉洋主演。
戸田恵梨香、満島ひかり、内山理名、堤真一、樹木希林など豪華キャスト。
江戸時代、女性は自らの希望で離縁するコトが許されず、夫や家族から酷い仕打ちを受けてもひたすら耐え続けるしかなかった。
そんな女性たちの駆込み寺となっていたのが、鎌倉にある東慶寺。
様々な事情から女性たちが駆け込んでくるも、すぐに東慶寺に入れるワケではない。
山の麓にある御用宿が事実関係を本人・関係者に聴取し、しかるべき処置として入山が認められれば2年間お寺預かりとなり、2年後離縁状をもらえるという決まりだった。
ある日、二人の女性(戸田恵梨香、満島ひかり)が駆け込んできて、その聴取を御用宿の主人(樹木希林)と宿の居候の信次郎(大泉洋)が行うコトとなる。
信次郎は医者見習い兼戯作者見習いであり、医者として、時には作家として女性たちのピンチを救い、支えていく。
そして、女性たちはそれぞれの事情が明らかになっていく中で、お寺での生活を通してそれぞれが再び生きる道を取り戻していく。
そんな中、信次郎は薬草取りを健気に手伝い、信次郎の診療を補佐していたじょご(戸田恵梨香)に心を寄せ始め、自分自身の生きる道も見つけ出していく。
というお話。
完璧なコメディかと思っていましたが、深刻になりすぎない程度にコメディ要素があって、軽快なリズム感を作りつつ、女性たちが駆け込んだ事情や寺での生活で新たな生き方を見出だしていく感動的なドラマがあり、最後には自然と号泣してました。
ぎん(満島ひかり)は何かの陰謀で入山したんじゃないか?と思わせておいて、実は好きな人への深い愛情からの行動であったりとか。
幼い頃に誘拐・身売りされた妹のおせんを助けるために姉のおみつ夫婦が仕組んだ駆込みであったりとか。
離婚は現代の2倍以上だったと言われている中で、ホントに女性たちはいろんな形で虐げられ、我慢の時代を過ごしてきたんだという歴史が垣間見られました。
でも、おみつの夫や信次郎のようにそんな現状を理解し、手を差しのべてくれる男性も当然いたワケですから、そこはホッとしましたね。
そして、女性たちの苦悩と再生のお話が大きな軸にありましたが、じょごと信次郎のどことなく初々しい爽やかな恋愛がまた気になってしまい、終始引き込まれて、じょごがお寺から出てからのひと騒動とか「まさか、ここで死んじゃうの!?」とか心配しちゃって、最後までドキドキして見てました。
なので、ホントあっという間の2時間だったように思えマス。
エンドロールの曲を聞いてもまた涙が出てくるような、総じて言えばハッピーエンドなんだけど、どことなく哀愁の残る作品でした。
大泉洋と戸田恵梨香の演技が抜群で全く違和感がなく、軽快な運びは大泉洋が、深刻な場面は戸田恵梨香がそれぞれ持ち味を発揮していて、素晴らしかったデス。
ぜひ多くの方に見ていただきたい作品デス。
お花の季節に東慶寺にまた行ってみたいと思いマス。
PR
Category :
「劇場で映画観てきたよ~」報告
高校の時のトモダチと映画『風に立つライオン』を見てきました。
大沢たかお主演。
真木よう子、石原さとみ、萩原聖人出演。
三池崇史監督。
ケニアで活躍していた実在の日本人医師が日本に残してきた恋人に宛てた手紙をもとに、さだまさしが書いた歌・小説を映画化した作品。
久々の大沢たかお×さだまさし
思えば、トモダチとは“解夏”も“眉山”も一緒に見に行ったなぁ~( ´∀`)
大沢たかおは共通で好きな俳優さんで、二人して目の保養になりました(笑)
しかし、大沢たかおは変わらないデスね( *´艸`)
美魔女ならぬ、美魔王??(笑)
その実、こどもみたいな性格で結婚に不向きなんだろうね、と勝手にトモダチと話していましたが、それでも西島ナンたらとか堤ナンたらとかみたく電撃婚なんかされたら困りマスね。
一応、憧れの存在デスから(*^^*)
カタツムリです@@@
話を戻しマスが。
ストーリー紹介。
ケニアにある長崎大学の熱帯医学研究所に赴任した島田航一郎(大沢たかお)は、そこで現住民の病や怪我の治療に意欲的に従事していた。
ある日、航一郎は同期の医師である青木(萩原聖人)と共に、スーダンとの国境近くにある赤十字病院に1か月の研修に送られる。
1か月はすぐに何の問題もなく修了すると思っていたが、そこではスーダンでの内戦で負傷した兵士が山のように運ばれて来ていて、その多くが少年であるという現実があった。
スーダンでは孤児が麻薬を打たれ、武器を与えられ、兵士として戦わされる現実があった。
たとえ、その戦闘の果てに足や手を失っても、生きていくためには再び戦場に戻るしかなかった。
航一郎はそんな想像も絶するような現実に心がついて行けず、持ち前の明るさは影をひそめた。
1か月は何とか修了し、航一郎は再び研究所に戻るが気分は晴れず、上司の計らいでマサイ族のキャンプに参加させてもらい、人が生きる本来の姿を思い出す。
それ以来、航一郎は誰もいない野っぱらで“がんばれ~”と叫び、自分を奮い立たせるようになる。
そして、航一郎はあの恐ろしい現実と再び向き合う覚悟を決める。
赤十字病院に戻ると、そこに日本人看護師の和歌子(石原さとみ)が赴任してくる。
和歌子は優秀で心優しく、人道支援の経験も豊富で、あっという間に航一郎の右腕として働く。
そんな中、ンドゥングという一人の少年が運ばれてくる。
腕には傷が硬くなるほど麻薬を打った跡があり、離脱症状が激しく、航一郎に噛みついたりして反発する。
他の子供たちが徐々に航一郎たちスタッフに心開いていき、本来の子供らしい生活を取り戻していく中、ンドゥングだけが取り残されていくが、航一郎はンドゥングと向き合うコトを諦めなかった。
ある日、ンドゥングは航一郎の似顔絵を描き、航一郎は非常に喜びンドゥングを褒めるが、“絵なんか描けても意味はない。人を殺す方がうまいんだ”と言われ、愕然とする。そして、“傷が治っても再び戦場に戻る”と。
そこで、航一郎は体の傷を治しただけでは意味がないと強く思い、所長に“子供たちはまだ治癒していない”と申し出、退院させずに温かな人との交流と教育の場を提供していくコトを決意する。
その考えは病院内の全てのスタッフの心を動かし、和歌子を中心に孤児院の設立も実現する。
全ては子供たちを希望に満ちた未来へと導くために。
航一郎は幾多の壁を乗り越えて、子供たち、そして内戦に巻き込まれている現住民の生活を生涯をかけて支える覚悟をするようになるが、実はアフリカに赴任する前、日本に残してきた恋人・貴子(真木よう子)がいた。
ある日、貴子から手紙が届き、航一郎は手紙の返事に困っていた。
果たして、貴子との関係は、航一郎の将来はどうなるのか。
そして、ンドゥングの行く末は。
というお話。
ワタシたちは物質的にも機会にも恵まれ過ぎていて、本当の幸せや不幸がどんなものか見えなくなっていマス。
平和で清潔な住まいが与えられ、恵まれすぎた食事や教育の機会を与えられ、それを当然だと思っている。
それ故に、困難に立ち向かうコトに消極的になりやすく、些細なコトで折れ曲がり、自分可哀想で他人のコトまで想いを巡らすコトが出来ない。そんな自分に気づかされました。
それはスーダンでの子供たちの現状を目の当たりにしたコトもそうデスし、東日本大震災が起こった時、自分の生活も苦しい原住民のおばあちゃんがなけなしのトウモロコシの種を日本人スタッフのいる病院に届けてくれたシーンでも強く感じるところでした。
また、航一郎が劇中で“がんばれは人に言う言葉じゃない。あれは自分に言ってるんだ”と言っていたのがとても心に残っていマス。
どのくらい頑張れるかどうかはその人にしか分からない。
頑張ってる人にがんばれとは言えない。
だから、自分にしか言えない言葉なんデスね。
これは仕事上でも実感させられる言葉でした。
そして、ンドゥングが登場する(プロローグと)エピローグ。
劇中、航一郎がンドゥングに“9人の命を奪ったなら、一生をかけて10人の命を救え。そのために未来はある”と言うシーンがホント感動的で、映画特集なんかでも紹介されていましたが、その言葉によって何がどう変わっていったのかが分かる、ホントに希望にあふれたシーンで涙が止まりませんでした。
実話を基にした作品だけに結末はちょっと物悲しいデスが、このエピローグによって心救われました。
エンドロールで流れるさだまさしの歌は、航一郎の生涯と貴子への気持ちにあふれていて、愛する人と別れても仕事に情熱を傾ける必要があった葛藤が込められていて、更に切なくなりました。
演者の演技も間違いなく秀逸デス。
心の微妙な変化を丁寧に表現されていて、それぞれの想いがストレートに伝わってきマス。
何より、石原さとみがベテランなのに瑞々しく見えたのが印象的でした。
アフリカの広大な自然の景色と、病院・孤児院で人々が懸命に生きようと知る姿も美しいデス。
一人でも多くの人に見ていただきたい作品デス。
柴田絋一郎さんが伝えたかった“やはり僕たちの国は残念だけれど何か大切な処で道を間違えたようですね”という言葉の意味を考えてほしいと思いマス。
大沢たかお主演。
真木よう子、石原さとみ、萩原聖人出演。
三池崇史監督。
ケニアで活躍していた実在の日本人医師が日本に残してきた恋人に宛てた手紙をもとに、さだまさしが書いた歌・小説を映画化した作品。
久々の大沢たかお×さだまさし
思えば、トモダチとは“解夏”も“眉山”も一緒に見に行ったなぁ~( ´∀`)
大沢たかおは共通で好きな俳優さんで、二人して目の保養になりました(笑)
しかし、大沢たかおは変わらないデスね( *´艸`)
美魔女ならぬ、美魔王??(笑)
その実、こどもみたいな性格で結婚に不向きなんだろうね、と勝手にトモダチと話していましたが、それでも西島ナンたらとか堤ナンたらとかみたく電撃婚なんかされたら困りマスね。
一応、憧れの存在デスから(*^^*)
カタツムリです@@@
話を戻しマスが。
ストーリー紹介。
ケニアにある長崎大学の熱帯医学研究所に赴任した島田航一郎(大沢たかお)は、そこで現住民の病や怪我の治療に意欲的に従事していた。
ある日、航一郎は同期の医師である青木(萩原聖人)と共に、スーダンとの国境近くにある赤十字病院に1か月の研修に送られる。
1か月はすぐに何の問題もなく修了すると思っていたが、そこではスーダンでの内戦で負傷した兵士が山のように運ばれて来ていて、その多くが少年であるという現実があった。
スーダンでは孤児が麻薬を打たれ、武器を与えられ、兵士として戦わされる現実があった。
たとえ、その戦闘の果てに足や手を失っても、生きていくためには再び戦場に戻るしかなかった。
航一郎はそんな想像も絶するような現実に心がついて行けず、持ち前の明るさは影をひそめた。
1か月は何とか修了し、航一郎は再び研究所に戻るが気分は晴れず、上司の計らいでマサイ族のキャンプに参加させてもらい、人が生きる本来の姿を思い出す。
それ以来、航一郎は誰もいない野っぱらで“がんばれ~”と叫び、自分を奮い立たせるようになる。
そして、航一郎はあの恐ろしい現実と再び向き合う覚悟を決める。
赤十字病院に戻ると、そこに日本人看護師の和歌子(石原さとみ)が赴任してくる。
和歌子は優秀で心優しく、人道支援の経験も豊富で、あっという間に航一郎の右腕として働く。
そんな中、ンドゥングという一人の少年が運ばれてくる。
腕には傷が硬くなるほど麻薬を打った跡があり、離脱症状が激しく、航一郎に噛みついたりして反発する。
他の子供たちが徐々に航一郎たちスタッフに心開いていき、本来の子供らしい生活を取り戻していく中、ンドゥングだけが取り残されていくが、航一郎はンドゥングと向き合うコトを諦めなかった。
ある日、ンドゥングは航一郎の似顔絵を描き、航一郎は非常に喜びンドゥングを褒めるが、“絵なんか描けても意味はない。人を殺す方がうまいんだ”と言われ、愕然とする。そして、“傷が治っても再び戦場に戻る”と。
そこで、航一郎は体の傷を治しただけでは意味がないと強く思い、所長に“子供たちはまだ治癒していない”と申し出、退院させずに温かな人との交流と教育の場を提供していくコトを決意する。
その考えは病院内の全てのスタッフの心を動かし、和歌子を中心に孤児院の設立も実現する。
全ては子供たちを希望に満ちた未来へと導くために。
航一郎は幾多の壁を乗り越えて、子供たち、そして内戦に巻き込まれている現住民の生活を生涯をかけて支える覚悟をするようになるが、実はアフリカに赴任する前、日本に残してきた恋人・貴子(真木よう子)がいた。
ある日、貴子から手紙が届き、航一郎は手紙の返事に困っていた。
果たして、貴子との関係は、航一郎の将来はどうなるのか。
そして、ンドゥングの行く末は。
というお話。
ワタシたちは物質的にも機会にも恵まれ過ぎていて、本当の幸せや不幸がどんなものか見えなくなっていマス。
平和で清潔な住まいが与えられ、恵まれすぎた食事や教育の機会を与えられ、それを当然だと思っている。
それ故に、困難に立ち向かうコトに消極的になりやすく、些細なコトで折れ曲がり、自分可哀想で他人のコトまで想いを巡らすコトが出来ない。そんな自分に気づかされました。
それはスーダンでの子供たちの現状を目の当たりにしたコトもそうデスし、東日本大震災が起こった時、自分の生活も苦しい原住民のおばあちゃんがなけなしのトウモロコシの種を日本人スタッフのいる病院に届けてくれたシーンでも強く感じるところでした。
また、航一郎が劇中で“がんばれは人に言う言葉じゃない。あれは自分に言ってるんだ”と言っていたのがとても心に残っていマス。
どのくらい頑張れるかどうかはその人にしか分からない。
頑張ってる人にがんばれとは言えない。
だから、自分にしか言えない言葉なんデスね。
これは仕事上でも実感させられる言葉でした。
そして、ンドゥングが登場する(プロローグと)エピローグ。
劇中、航一郎がンドゥングに“9人の命を奪ったなら、一生をかけて10人の命を救え。そのために未来はある”と言うシーンがホント感動的で、映画特集なんかでも紹介されていましたが、その言葉によって何がどう変わっていったのかが分かる、ホントに希望にあふれたシーンで涙が止まりませんでした。
実話を基にした作品だけに結末はちょっと物悲しいデスが、このエピローグによって心救われました。
エンドロールで流れるさだまさしの歌は、航一郎の生涯と貴子への気持ちにあふれていて、愛する人と別れても仕事に情熱を傾ける必要があった葛藤が込められていて、更に切なくなりました。
演者の演技も間違いなく秀逸デス。
心の微妙な変化を丁寧に表現されていて、それぞれの想いがストレートに伝わってきマス。
何より、石原さとみがベテランなのに瑞々しく見えたのが印象的でした。
アフリカの広大な自然の景色と、病院・孤児院で人々が懸命に生きようと知る姿も美しいデス。
一人でも多くの人に見ていただきたい作品デス。
柴田絋一郎さんが伝えたかった“やはり僕たちの国は残念だけれど何か大切な処で道を間違えたようですね”という言葉の意味を考えてほしいと思いマス。
Category :
「劇場で映画観てきたよ~」報告
今日は今年初めての映画館での映画鑑賞。
カタツムリです@@@
今年の記念すべき第一作目は、『アメリカン・スナイパー』。
クリント・イーストウッド監督。
実在の米狙撃兵 クリス・カイルについてのお話。
弟を守る番犬のような強い存在になるように厳格に教育されたものの、ロデオカウボーイとして放浪の生活をしていたクリス。
何の目的もなく、ただ時間だけが過ぎていく日々に嫌気がさし、何か意味のあるコトを成し遂げたいと考えるようになる。
アメリカ大使館爆破事件をきっかけに、陸軍特殊部隊であるネイビーシールズに入隊することを決意。
厳しい訓練の末、正式な隊員となり、狙撃手としての腕を買われる。
一方、プライベートではバーで出会った女性・タヤと結婚。
新婚で幸せな生活を送るはずだったが、アメリカ同時多発テロにより国はイラクに潜む首謀者を挙げるため戦争を勃発し、クリスも派遣されるコトになる。
狙撃手として初めて仕留めたのは、対戦車手榴弾を抱えた子供と女。
以降、クリスは160人もの“敵”を射殺。
隊の中では英雄扱い。
しかし、仲間を失い、弔い合戦のように力に力で対抗し、一ミリでも判断を誤れば命取りとなる極限の緊張状態の中で、敵とはいえヒトを殺さなければならない現実に、やがて心も蝕まれていく。
せっかく帰還しても心休まらない。
息子や娘に恵まれても、心は戦場にあって、家族のもとにない。
自分が戦場にいくべきだと考えた意義を必死で見出だしながら、仲間やその他の多くの犠牲を無駄にする訳にはいかず、家族に寄り添うことができない。
果たして、クリスは救われるのか…。というお話。
誰がとは言いませんが、この世の中には端から見たら理不尽な考え方を、平気で“正義”だと振りかざす人がいマス。
残念ながら、人間界には難しく根深い問題があって、人種や宗教などの違いにより争いが絶えるコトはあり得ないのが現実デス。
どちらが敵とか味方とか言えない、それぞれの立場での“正義”に基づいて戦っていて、前述した理不尽な考えもその人にとっては“正義”なんデスよね。
そして今、こうしている間にも多くの命が犠牲になっていて、その大半は子供や女性など無力な一般人たち。
クリスは入隊した時、“国を守るコトが使命”だと信じて疑わなかったのに、実戦で人を撃ち殺し、仲間が相手のスナイパーの銃弾に倒れ、様々な形の人の死や不幸を目の当たりにして、その正義が揺らいでいきマス。
それは武力に武力で対抗した結果であり、もとを正せば、相手も人間でヒトの子・ヒトの親であり、味方の仇を討ったからと言ってスッキリするワケはないんデス。
どんなに戦禍を上げても虚しいだけ。
でも、軍人さんはそれが仕事であり、心は別のところにあってもその任務に忠実である必要がありマス。
その葛藤の様が繊細に描かれていて、板挟みの苦しい心境がよく表現されていました。
自分の子どもと同じくらいの子どもが、無知なコトをいいことに爆弾を抱えて突入させられたり、武器を取らされたりしている。
でも身を守るためには、たとえ子どもでも討たなければならない。
そんな悲しい現実・事実がこの世には存在するコトをワタシたちは忘れてはいけないんだと気づかされマス。
そして、この作品は戦場で心を失った兵士が再び心を取り戻す過程も描いていて、クリスは除隊しても人のためになる手段を見出だしていきマス。
ホントに優しくて、真に強い方なんデスね。
戦場で心が傷ついた元兵士は、銃にのみ絶対的な信頼を寄せていて、だからこそ射撃をするコトで心の安定を図るんだそうデス。
ガンセラピーといったカンジでしょうか。
それを実践し多くの元兵士の心を救い、武器を取らなくても、誰かの(何かの)役に立つコトは出来るコトを伝えていマス。
そして、衝撃的なラスト。
実在の人物のお話デスから、この方が今どうしているかご存じの方はいらっしゃると思いマス。
でもこの丁寧な心の再生の過程を見ていただけにショック過ぎました。
ワタシはエンドロールの最後まで見る派なんデスけど、この作品はエンドロールが延々無音。
でも無音でないと心落ち着けるコトが出来ないくらい、作品中の展開の起伏も激しかったし、ラストの衝撃も大きかったんデス。
内容的には非常に興味深くて、戦闘シーンなどハラハラさせられる展開がテンポよく散りばめられていて、あっという間の2時間でした。
特に終盤の砂嵐の中での戦闘では、ハラハラドキドキしすぎて、その窮地から脱してもずっと胸苦しくて、ホント心臓に悪かったデス(-_-;)
ホント、そのくらいリアリティもあって、あれが現実であるコトが恐ろしいくらいでした。
今、現在も日本がテロの標的となったりして、身近に起こりうる他人事ではない現実が描かれている作品デス。
今だからこそ、見る必要のある作品だと思いマス。
ぜひ多くの方に見てもらいたいデス。
同じ立場になったとしても、ワタシたちは解決の道を誤ってはいけないんデス。
Category :
「劇場で映画観てきたよ~」報告
27日、小中学校の時の仲間との忘年会でした。
ものすごい久しぶりのメンバーもいれば、お馴染みの顔ぶれも揃い、とても楽しい会でした。
カタツムリです@@@
今日はトモダチと映画『ゴーン・ガール』を見てきました。
デヴィット・フィンチャー監督。
ベン・アフレック主演。
ロザムンド・パイク出演。
ニック(ベン・アフレック)とエイミー(ロザムンド・パイク)はジャーナリストであり、お互いに好きあって結婚した。
そして、結婚5周年の記念日に妻は姿を消した。
妻は毎年記念日に宝探しを仕掛けて、プレゼントを渡す。
しかし、今回は仕事から帰ると家の中が荒らされていて、いつもと様子が違った。
警察・マスコミ・ボランティアの情報網などあらゆる手を使って妻の捜索を試みるが、出てくるのは妻がおそらく自宅キッチンで大量の出血をしたであろう血痕や、いつも通り妻が仕掛けていた宝探しの手紙など状況証拠のみで、殺人なのか誘拐なのか、何が起こったのかさえも分からない状況だった。
そんな中、ボランティアたちに誠実に対応しようと穏やかな顔で対応するニックに世間は疑いの目を向ける。
そして、ニックが浮気をしていたり、カードでお金を使い込んでいたコトも発覚。
そして、エイミーの日記には“銃を買おうと思う”“いつかこの人(夫)に殺される”と記されていた。
果たして、エイミーの行方は?ニックは本当にエイミーの失踪に関わっているのか?
というお話。
例によって、職場にいる映画通におすすめしてもらって見てきました。
その方の言っていた通り、物語自体はざっくり3部構成みたいになっていて、夫への疑惑から始まり、妻への疑惑が語られ、ラストのどんでん返しへと繋がっていきマス。
夫への疑惑と妻への疑惑は宣伝の感じから予測の範囲内だったと思いマス。
妻が失踪しても、妻の交遊関係も何も分からず、夫が知らない妻の友人・過去に関わった人が続々と現れ、次々に夫に不利な状況が露呈してくる。
でも腑に落ちない点も出てきて、それで妻への疑惑へとシフトしていく。
不貞や失職・堕落、無理矢理な帰郷など、夫婦関係において信頼を裏切るような言動が明らかだった夫に対し、常に完璧を求めていた妻は幻滅・憎悪するのは当然だと思うし、傷ついたぶんダンナに復讐したくなるのは当然だと思いマス。
でも妻は復讐までも完璧主義で、自分を傷つけた相手は社会的あるいは物理的な死をもって償わせるところまで追い詰めようとする。
この時点で十分妻のサイコ的な恐ろしさは出ているのデスが、ラストのどんでん返しに向けて更に恐ろしくなりマス。とにかく体当たり。
展開があまりに壮絶かつ豪快すぎて、妻の思惑通りに話が進んでいくのに途中納得がいかなくなりマス。
なぜ夫は妻の言いなりにならざるを得ないのか。
なので、一回だけだとただ圧倒されてしまうだけデスね。
もう一度見て、彼女の言動や工作に穴がないのか確かめてみたくなりマス。
いつ子供が出来たのかとか。
ミステリー的な要素が強いデスが、“夫婦”というものの在り方についても大胆かつ極端に描いていマス。
これがどの夫婦の心理の奥底にもあるものとは言えないデスが、他人同士が一緒になるってコトの難しさは分かるかと思いマス。
裏切りの代償は大きい(○_○)
Category :
「劇場で映画観てきたよ~」報告
急遽トモダチと映画を見てきました。
しかし、休日の夕方でも子連れ家族は多く、大混雑。
恐るべし、妖怪ウォッチ…(-_-#)
カタツムリです@@@
本日、鑑賞してきたのは『インターステラー』。
クリストファー・ノーラン監督。
マシュー・マコノヒー、アン・ハサウェイ出演。
周りの映画通に勧められて見に行ってみました。
荒廃した地球。
水は干上がり、土地は痩せ、砂嵐が吹き荒れ、もはや食料の確保もままならなくなってきている世界。
元パイロットのクーパー(マシュー・マコノヒー)は、宇宙事業に予算は割けないという理由でパイロットの職を失い、義父・息子・娘の3人と共に、農夫としてトウモロコシを育てながら、生計を立てていた。
ある日、娘・マーフの部屋の本棚の本がポルターガイストのように戻しては落とされる現象が多発。
マーフはそれが何者か(幽霊)によって意図的に落とされていると感じ、そのメッセージを読み取ろうとするも分からない。
そんな折、砂嵐が吹き荒れ、窓を開け放しにしていたマーフの部屋の床に奇妙な形の砂山が残る。
それを検証した結果、それはバイナリ信号であると分かり、クーパーはその信号が示す場所へと導かれる。
そこは、廃止されたと思われていたNASAの極秘施設。
NASAは極秘に人類が移住可能な星を見つけて移住させる人類保管計画(ラザロ計画)を考えていて、先発の優秀な科学者をすでに3名送り込んでいた。
クーパーは先発の3名が見つけた星から送っている信号をもとに、彼らを回収し、帰還する任務を提案される。
しかし、この計画の実現可能性は完璧ではなく、第二のプランとして移住可能な星での人工受精による人類の種の保存も提案される。その場合、今地球上で生きている人類は見殺しになる。
計画を聞いてクーパーは迷うが、家族を守るためもう一度パイロットに戻るコトを決意する。
父が無事に帰ってくるかも分からない、帰ってきても自分は生きて父と会えないかもしれない。幼いマーフは今この状況で父の存在を失うコトに耐えられず、仲たがいをする形で父を送り出してしまう。
そして、クーパーはほかの飛行士たちとともに宇宙へと飛び立つ。
果たして、地球の人類は救われるのか。
とにかく内容は科学的な事象と専門用語による説明に溢れていて、設定についていくのがやっと。
四次元の時間軸を理解するのも分かんなくなっていくのデスが、そこに五次元が登場してくるのでこんがらがりマス(笑)
母艦と宇宙でドッキングするまでは若干退屈なのデスが、母艦に乗り込んでからは目が離せなくなりマス。っていうか、離すと話についていけない(^_^;)
でもとりあえず、世界観は大まかにつかんでいられれば、最後に明かされる秘密は理解できて、十分に驚かされマス。
難しいんデスけど、ストーリー構成が緻密で、実は伏線が張り巡らされていて、その謎が解かれていく様を見ているだけでも面白いデス。
ワタシはSFものはあまり面白いと思えるものに出会えていなくて、CMだと「地球を救うために父は宇宙へ。そして、娘は地球でそれを見守る。」みたいな感じだったので、いわゆる“アルマゲドン”的な感じかと思っていたのデスが、そういうものとは違っていました。
父親はひとりで奮闘して、家族からの信頼も失っていって孤独になるように見えるのデスが、最終的には父と娘の絆が地球の危機を救う道を拓くのが、ホント感動的でした。
“愛は科学的根拠を越える力になる”と劇中で飛行士のアメリア(アン・ハサウェイ)が言っているのデスが、それがクーパーとマーフの親子や、アメリアとその恋人や父親などの行く末に反映される言葉になっていて、科学的に説明のつかない現象の存在、希望や奇跡を信じさせてくれる内容になっていマス。
アン・ハサウェイは“レ・ミゼラブル”の時の演技を見ていましたが、今回マシュー・マコノヒーの演技は初見だったと思いマス。
たしか今年のアカデミー賞で主演男優賞を獲得された方だったと思いマスが、表情の演技が素晴らしくて、父親としての顔とパイロットとしての顔とがまったく異なるんデスね。
パイロットとしての表情ひとつとっても、冒頭で偵察機を追いかけている時やブラックホールに飛び込む時の好奇心のある顔と、飛行士として冷静な判断を求められている時の顔とが性格が異なっていマス。
また、父親として子を思う表情や最後にマーフに助けを求める時の顔はとても人間臭い顔をしていて、感情がよく伝わってきマス。
“ダラスバイヤーズクラブ”も見てみたくなりました。
映像美はこのご時世間違いありませんでした。
しかし、あの宇宙の無機質な空間を単純な音階のメロディや、時に無音で表現していて、それがパイロットの孤独や気持ちの躍動をうまく演出していたように思いマス。
というワケで、SFや話題作に抵抗がある方でも一度は見てみてもいい作品カモしれません。
何度か見て、新しい理解が生まれるような作品かと思いマス。
また見てみたいと思いマス。